2011会長講演要旨
世界の高速鉄道の動向

海外鉄道研究会会長 曽根 悟

 最初は「高速鉄道とは」ということで、高速鉄道の定義について考えてみます。
 1980年代まで「主な区間を200km/h以上で走るのが高速鉄道」という日本の定義でやってきたのであります。1981年にフランスが270km/h運転をはじめましたが、その時には何もいわないで、日本の主張に同意していました。
 ところが最近の中国では、在来鉄道を高速化して250km/hで走行する区間と、高速旅客列車だけを走らせる線路を新たに造って基本的に350km/hで走る区間を、前者を中速鉄道、後者を高速鉄道と区別すべきであると主張しはじめました。在来鉄道のレベルアップを中速鉄道、最初から旅客専用の路線としたのを高速鉄道と呼ぼうということです。速度を定義に用いるのではなく、結果的に250km/hとか350km/hに落ち着いたのだと思います。
 ただこうなると、高速鉄道は中国にしかないということになりますので、今のところは日本の定義が世界の了解ということでよいと思います。

 次に「世界の高速鉄道の現状」です。
2010.5.21のUIC(国際鉄道連合)の資料によると、営業中のもの、建設中のもの、計画中のものの合計では、中国が約13,000kmあります。日本の合計約3,600km、フランスの約4,700kmを足してもまだ圧倒している状況です。営業線に限っても中国は、この資料では約3,500kmとなっていますが、昨年の暮れの時点で約7,500km、現在では8,000kmを超えています。2015年までの計画線が約2,000kmもあります。
 日本は営業線でまだ2位で、営業中のものが約2,500kmで工事中が600km。以下、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアと続きます。これらは日本の定義づけた高速鉄道と同じでして、200km/h以上の速度で運転されています。ポルトガル、スウェーデン、ポーランド、ロシア、ブラジル、インドなどは計画だけでまだ営業路線もなければ工事も始まっていません。これらがマクロ的に見た世界の高速鉄道の趨勢です。
 速度競争的な見方をしますと、表定速度というのは久しく270km/h台でして、そのトップがフランスだったり、ほんのわずかの差で日本だったりしていました。ところが、2009年に一気に中国が312.5km/hという記録を作りました。この数字も今年の6月中には北京−上海間1,318kmが開業し4時間、いや3時間58分で運転されると、また破られることになると思います。

 さて「主な高速鉄道の技術比較」ということで、またかといわれるかも知れませんが、今、発展著しい中国を中心にみてみたいと思います。
 中国における高速化の始まりは1994年。最初の客運専線(旅客専用高速路線)である秦瀋線(秦皇島−瀋陽北)の使用開始が2003年です。これは客運専線の試作品という位置付けのようで、客運専線というからには2008年に開業した京津線(北京−天津)のように350km/hレベルの運転ができなければダメだ、というのが現時点での中国の考え方ですから、250km/hレベルの秦瀋線は、出来の悪い試作品である、という立場なのですね。
 2007年4月の第六次高速化で、一気に6,000km以上の区間で250km/h運転を始めまして、一躍世界一の高速鉄道王国となりました。その後京津線、そして自主開発の度合いを高めた武漢−広州の高速鉄道が2009年に開業します。
 2007年の第六次高速化の際に導入したのがCRH-1という車両でして、Bonbardier(ボンバルディエ)がスウェーデン国鉄の高速通勤列車向けに開発したレジーナという車両を、中国向けに設計変更したものです。
 CRH-2が、JR東日本の「はやて」用の車両をアレンジして導入したものです。CRHシリーズの中で最も速く最も信頼性が高いといわれています。というのも、このタイプが最も設計変更の要素が少なかったのです。日本の新幹線が、もともとは昭和10年代の弾丸列車構想が下敷きになっていたからです。満州にまで延長が計画されていたので車両規格も南満州鉄道のものが適用され、それが新幹線にまで引き継がれたのです。ところが中国も、第二次大戦後に最も近代化された路線の規格に統一することになり、それが南満州鉄道のものだったため、今や日中共同規格ということになったのです。
 ただし、パンタグラフだけは中国流に改まっています。中国の場合、かなり背の高い貨車が通過するため架線が高く、日本の新幹線みたいな小さなパンタグラフでは使えないので、高さの大きいものに積み替えています。また日本の場合は合理化一本やりで、食堂車とか個室とか全部やめてしまいましたが、それでは中国では使い物にならないので食堂車もどきを造るなど若干の変更はありますが、重大な変更が最も少なかったのがCRH-2です。中国で使うため、CRH-1は車体幅を詰める、CRH-3と5は拡げるなど大きな変更をしています。
 2007年にできたCRH-5はもともとはフィアットだったイタリアのAlstom(アルストーム)製で、ペンドリーノという車体傾斜装置を採り入れた車両です。ペンドリーノには電源装置の違いから数種類ありますが、中国はETR600という新しいタイプをいち早く導入したことになります。ただし車体傾斜は外してあります。 非常な特殊な装備を抱えた車両の肝心な部分を外した形になりましたから、結果的に最も評価が低いのがCRH-5です。一年遅れで出てきたドイツのSiemens(ジーメンス)製ICE-3がベースのCRH-3は、唯一、もとから300km/h運転のできる車両でした。

 これらCRHシリーズには動力分散式の電車を採用し、TGVは除外されました。これでフランス国鉄やフランスのAlstomが中国の巨大な市場に参入できないのでは困るので動力分散のAGVを開発しましたが、連接式は不要ということで現時点で除外されています。
 最初に完成車だけを2〜3編成輸入して、技術移転・専用工場の新設のうえ、原産国の技術者の指導のもと15%ほどは部品を輸入し国内で組み立て、残りの80%以上は基本的に国内生産していまして、現地ではこれを国産車と呼んでおります。世界の主な動力分散方式を網羅し、異なる国からほぼ同時期に同方式で導入しました。長編成化、寝台列車化、高速化など各種改良を積極的に進めていまして、2010年には自主開発のCRH380シリーズも営業開始します。
 CRH380は、専門家が見ればともかく、ちょっと見ただけではもとが何かわからなくなっています。A、B、C、Dの四種類できることになっていまして、現在は元がCRH-2のAと元がCRH-3のBの二種類だけが完成しています。モーターも制御回路の大事な部分であるインバータも、中国のメーカーが製作しています。
 Aの先頭部分も「はやて」とは似ていなくて、どちらかというと「500系とE2系を足して割ったのかな」、「横から見るとICE-3のようだ」という形状をしています。日本の新幹線とは違って前が見えるようになっていて、ワンタッチで仕切ガラスが曇る装置もついてます。要するに、あちこちのいいとこ取りをしているのですね。16両編成の場合は6M2T×2ではなくN700系の考え方も採り入れていまして14M2Tにしています。先頭車だけがTという構成ですが、日本のような4両ユニット+3両ユニットではなく、電動車2両ユニット×7とトレーラー2両という構成になっています。
 昨年12月に、時速485.1km/hという電車の世界最高速を打ち立てています。これまで他の鉄道が出した記録や、TGVの機関車とAGVの動力部分を組み合わせて鉄輪式の世界記録を出したフランスの例のような試験車や特装車と違って量産の営業車、それも第一編成が出した記録であります。ところが、その後1か月もしないうちにCRH380−Bの量産第一編成、こちらは8M8Tですが、これが487.1km/hとわずかに2km/h上回る最高速度を樹立しました。次の目標はフランスの574.8km/hを抜かすつもりですが、さすがに量産車ではなく高速試験車で600km/hを目指すつもりのようです。
 中国での将来の高速鉄道車両の開発計画としては、軸重は17t以下、できれば15t以下が望ましいと考えているようです。17tというのはTGVの機関車の軸重です。高速化するには軽い方が望ましいですから、日本式の「15tを多少超えても大丈夫」や「編成中の軽い車両は11t」とは異なって、「15t、あるいは14t」を貫いているようです。この辺は今後、日中間で技術者とのやり取りが交わされるものと思われます。
 速度も250km/hと350km/hのもの、編成についても8+8を想定した8両編成と16両の長編成の2種類が造られていくものと思われます。編成内については一等、二等、餐車(食堂車)、VIP車、寝台車といった車種が連結されていくでしょう。また、標準地域(華南、華北)を走る車両の他、ずっと北部の極寒地域を走る耐寒車両、そして現在は西部のウルムチまで電化区間が達していますから砂漠地帯を走る耐風砂車両、高温高湿で潮風の吹く地域でも走れる耐高温潮湿車両も製造されていく計画です。現在は北京から放射状のルートが多いのでそういう特殊車両は不要なのですが、将来的には考えていかねばなりません。

 さて日仏の地位でありますが、相対的に低下しているのは否めません。
 日本は、最初の計画から40年もかけてやっと青森に到達するなど独自のスローペースを続けています。中国は、武漢−広州など計画から3年で完成してしまいますから、この速度の差は明らかです。現在はアメリカとかブラジルとか高速鉄道建設がブームでありますが、日本みたいなスローペースの国は全くありません。
 一方、中国にそっぽを向かれて焦っているのがフランスでありまして、フランスのAlstomは現在、非連接で400km/hで走れる電車の開発を急いでいるようです。それを中国に持ち込んで商談、という場面が近々に見られると思います。
 中国では採用されなかったAGVには、注目すべき技術が搭載されています。まず、永久磁石形同期機(PMSM)で駆動している点です。これまでの交流モーターである誘導機と永久磁石同期機については、非常に大きな違いが二つあります。一つはカタログ性能的な意味での効率で、同期機が98%くらい、対する誘導機は94〜95%くらいです。損失として熱に変わる割合がその差だけ高まりますから、エネルギー効率としては同期機が圧倒的にいいのです。
 ところが同期機には弱点があります。永久磁石は電流が切れても回り続けるわけですから、いわゆる蛇行に弱いのです。それから同期機は、蛇行中も発電機の役割を果たしているのですから、何かあった時に事故を拡大する要素になりかねず、それを避けるため交流電動機で基本的になくした接点を設けるしかありません。ということから同期機には駆動回路に切り離せるための接点が必要というのが今の日本の設計方針ですが、必ず必要なのか、これから議論になっていくと思います。
 もう一つが、その連接車であることです。連接車の方が軸重が大きくできる分、台車の数を減らすことができます。台車の数を減らせるというのは、総重量を減らすことができるということです。フランス人にいわせれば、17tまでいいのであれば全部の軸重を17tに揃える代わりに編成重量を小さくできるのではないか、ということなのですね。一方、日本流の発想だと軸重は小さければ小さいほどいいわけで、結果的に台車の数が増え、引き替えに総重量は増すことになります。
 それから、欧州の三大メーカーの考え方として、出来るだけ車種は減らす代わりに組み合わせで対応しようとしています。そこで車体3両のユニット電動車に、1両の補助電源を持った車両を組み合わせるのですね。すでにイタリアのNTV(トレンイタリアとは別の旅客鉄道運行会社)が、ETR500を上回るサービスを提供するため導入を決めました。2012年から営業運転を開始する予定です。
 分散式ですから全部の床が旅客スペースに供用できて効率的になりますが、ブレーキについての思想は保守的なままで、モーターのない軸もブレーキが作動するようにしています。これからの時代に通用するか、それはまだ不明です。

 新興国であるスペインではCAFとTalgoが高速鉄道分野に参入していまして、トルコに電車を輸出しています。トルコもかなり急速に高速化を進めていて、アンカラからイスタンブールのアジア側まで電化し、さらにボスポラス海峡の地下にトンネルを掘ってヨーロッパ側のイスタンブールにまで直通電車を走らせようとしています。こういうところで使われる電車をCAFが輸出しているのです。1軸連接台車で名高いTalgoでも、日本流のスローペースでフリーゲージトレインを造っていて動力車で苦労しているのに対し、さっさと後から動力のゲージ可変車両を造り、300km/h運転を実現させています。
 お隣の韓国でも、通勤電車レベルでRotemという現代グループの会社が各国の地下鉄車両などを輸出しています。高速車両についても開発を進めていて、フランスから輸入したKTXTに代わる自前の車両としてKTXUを開発し実用化しています。ただしこれは、KTXTを自己流進化させた機関車が付いた車両で、やはり将来は動力分散式にしようということで、HEMU400Xを開発中です。高速車というわけではありませんが、車体傾斜制御のついたものについては実用化しているようです。
 このように、スペインや韓国については技術的には追いついたレベルになっているといえます。ただ、どこまで独自性があるか、というとちょっとまだ疑問が残ります。

 では、欧州の三大メーカーは安泰か、という問題についてです。Alstom、Bonbardier、Siemensの寡占体制は崩れつつあります。日本の川崎・日立、韓国の現代Rotem、中国の南車・北車、スペインのCAF・Talgo、スイスのStadlerなどのメーカーが健闘しているからです。Stadlerというのは昨年もお話ししたとおり、スイスの数多ある鉄道事業者が三大メーカーから供給されるお仕着せの車両は使えないので、それに対応するため育成された会社です。
 なにぶん三大メーカーは寄せ集め的要素が強いもので、必ずしも充分に強いといえない状況であります。すでに中国からはAlstomが脱落しつつありますが、逆に中国向けに360km/h用に作った車両を提案したBonbardierが突然採用されたりしています。
 その中国における日欧の技術の評価については、日本の特性が優れていることが認識されています。とにかく、圧倒的に軽い。省エネルギー特性にも優れているし故障もしない。高速列車の車外騒音も少ないのです。ただし、居住性に関しては欧州の車両のほうがいい、ということです。しかしそれも、座席が前向きに回転できることについては日本製が優れていて、それがわかったら、中国は全部のCRHの座席を回転できるものに取り替えました。
 快適化が遅れていることとして、指定券の売り方の問題が挙げられます。ようやく最近になって日本の真似をはじめました。つまり、四人で買ったら向かい合わせで四人座れるようにするとか、そういう配慮ができるようになったのです。以前は、グループで席がバラバラになって、始発駅ではあちこちで「席を替わってくれないか」と大騒ぎでした。

 最後に「元祖日本の地位」であります。どうなのか、どうするべきなのでしょうか。
 とにかく高速鉄道といえば中国という時代ですから、こことつきあうこと自体に意義が存在します。ビジネスとして考えたら、制御回路用のICとか要素技術がまだまだ不十分ですから、今後とも日本からの技術供与が必要であります。それから、中国へ行けば世界各地の技術がわかりますから、それを日本の技術を磨く機会として活かすこともできます。日本の高速車両の屋根上は非常に簡素で効率がよい、碍子を裸線で結ぶとか昔ながらのことはしていないので、同じくCRHを造ったSiemensの技術者がさっそく学んで、本国のICE-3の屋根上を改良したということもあります。
 また、日本の鉄道産業が世界に打って出るために、欧州の技術やサービスを知る機会ともなっています。日本の新幹線技術者が台湾で強く反対したけれども結局押し切られた単線並列についても、実現まで苦労はしたけれど、これのおかげで日本にはない技術を勉強することができたのですね。一方で、日本が中国とつきあうことの危険性もあります。まず、技術情報が流出してしまう恐れがあるのですが、守らなければならない情報は契約でくさびを打てばいいのです。なにしろ中国にはいくつもの企業グループがありますから、中には怪しげなことをしているものもあるのですが、国の機関である鉄道部なんてところは国際ルールを守るようになってはいます。
 日本の車両メーカーの生き残る道として、総合化と国際分業は不可欠な状況になっています。といって、欧州の三大メーカー並みの規模を必要としているわけではありません。むしろ、国内での統合や海外メーカーとの合流にはデメリットが多いと私は思っています。
 何が得意、何が不得意かよく分析することが必要だと思います。箱づくりに関しては、すでに中国・韓国のほうが安いものがつくれています。日本が得意と思っていた軽量であるとか、安全とか、信頼性の高さについては現時点で世界一としても、いつまで保てるか甚だあやしくなっています。つまり、世界に優る分野を見つけて、そこは何がなんでも世界一を死守するのだ、ということができているかどうかです。すでに電機メーカーや駆動メーカーについては、日本の実力は相当に落ちています。
 当面は、総合的な企画力、計画から保守までの一貫的サービスの実施が挙げられるでしょう。中期的には、電機メーカーや駆動装置のメーカーを取り込む必要があります。取り込むといっても資本的な提携ではなく、実態として取り込めているかどうかです。必ずしも国内メーカーとは限りません。長期的には国際分業が進んでいくでしょう。
 欧州の規格が国際規格になっていることに中国が不満を持っています。日本も以前から不満でしたが、日中が協力して東アジア標準のような勢力をつくれば、それは世界の鉄道車両の7割、あるいは8割を占めることになります。そうすれば、欧州も無視することができなくなりますから、日中の協力というのはますます重要だと思います。
 どうも、ご静聴ありがとうございました。

(2011/01/30 海外鉄道研究会総会にて、記録:重田)


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