2010会長講演要旨
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海外鉄道研究会会長 曽根 悟 今日は、全体的に三つの話をします。一つ目は世界の鉄道の現状です。昨年も一昨年も中国の話でしたから、またかと言われるかも知れませんが、特に中国の高速鉄道についてここ三年ほどの状況をお話ししたいと思います。今や、中国なしに世界の鉄道の状況は語れないという時代です。二つめとして、車両メーカーがどうなっていくのか、欧州の三大メーカーの動きとしてお話しします。そして三つ目が、日本の車両メーカーの生き残る道についてお話ししておきたいと思います。三大メーカーに比べたら小規模となってしまった日本の車両メーカーについてお話しします。
1.世界の鉄道の現状1-a 特に中国に注目世界の現状をみると、とにかく中国の大躍進がポイントです。着目すべきは、鉄道への力の入れ方とそのボリュームです。そして、日本と違って長期的な視野に立っています。北京と上海は1,300kmほどあって、とても飛行機に勝てるわけがないと日本では考えます。でも、中国は飛行機を使わずに行くため世界に例のない高速鉄道をつくることを計画しているのです。 その中国という国ですが、急速に近代化しています。なにしろ投下できる資金はたくさんありますから。中国がいかに大きいか数字で見ますと、国土面積で26倍、人口は12倍ありますが、鉄道路線長は2.7倍しかない。だからもっと建設しなければならないということなんですね。電化率は日本の63%に対して中国は38%ですが、複線化率については41%で並んでいます。しかしこれは数年前のデータですから、現時点ではすでに抜かされているはずです。 旅客輸送量は中国では35%ありますが日本は28%ですから、シェアの比率でいうと1.9倍にあたります。この28%というのは先進国としては異例に大きな数字で、欧州ではいい国でも10%そこそこしかありません。しかし中国はそれをも上回っているわけです。貨物輸送量に至っては中国55%対日本4%ですから、なんと106倍もある。日本の鉄道がいかに貨物輸送が振るわないかというのがよくわかります。 では現在はどうか。現在といっても、2007年までと今年ではすでに違うかもしれませんが、少なくとも2007年までに区切ってみると、日欧に中が追いついてきた、と言えると思います。2007年までというのは、この年の4月17日に中国は一気に6,000kmの高速新線を開通させたからなんです。営業キロで6,000kmを超える高速鉄道区間を持っているのは世界で唯一中国だけです。日本もフランスもとても及ばない。 2008年には北京−天津間の高速鉄道も開通し、いきなり350km/hと世界最高速の鉄道を持つに至りました。予定では日本も350km/hを狙っていますが未だ実現してはいないし、TGVのグループでも320km/hが最高速である現状です。というふうに、日欧中が一気に急接近してきたというのが、2008年以降の状況です。ちなみに、今から10日ほど前に武漢−広州間という1,000kmを超える高速鉄道を開通させました。北京−天津というのは100kmそこそこですから別に350km/h出さなくてもよくて、「350km/hを出せる」というだけで実際には出していないし必要もないのですが、武漢−広州のほうは実際に350km/hで走ってる状況です。 これからお話をいたす高速鉄道の一番大きな特徴は動力分散方式を採用したことです。中国は各国から動力分散の4種類の電車をCRHと名付けて導入しました。ですからフランスのTGVとかドイツのICE-1やICE-2などの動力集中式の高速列車は選に漏れました。昨年にもお話ししましたが、現在の中国に於ける高速車両についておさらいをしますと、以下のようになります。
1-b 中国鉄道、近代化の進展
1-c 中国の高速車両とそのメーカー
1-d 開発中と将来の高速鉄道車両開発計画
1-e 中国と付き合うことの必要性
2.欧州の三大メーカーと、その影響2-a Alstom,Bombardier,Siemensその生い立ちと主要製品など欧州の三大メーカーといいますと、アルストームAlstom、ボンバルディアBombardier、シーメンスSiemensの3社です。この3つは、そもそもどういう会社でしょうか。 アルストームは1928年にできたAlsthomという会社で、スイス国境に近いベルフォートBelfortという町に工場があります。1989年にイギリスのGECと合併し、1994年には元東ドイツのLHBを吸収、1998年にAlstomと社名の綴りを変更しまして、2000年にはFIATの鉄道車両整備部門を吸収し、欧州でもかなり大きなメーカーになりました。主な製品はTGV、AGV、Eurostarのほか、シタディスCitadisというトラムの車両も製造してます。 次のボンバルディアの本社はカナダにあり飛行機メーカーとして知られていますが、BombardierTransportationという輸送部門の中心はベルリンにあります。ですから私は、ボンバルディアも欧州の鉄道車両メーカーですよ、という言い方をしてるんです。非常に重要なのは、2001年にアドトランツADtranzという欧州で非常に有力な車両メーカーを合併したことで、一気に世界的なメーカーとなります。 そのアドトランツは、1848年からのドイツの機関車メーカーであるヘンシェルHenschelが一つの起源です。ヘンシェルは1990年にABBという、スウェーデンのASEAとスイスのBBC(1967年に、マシーネンファブリック・エリコンMaschinenfabrik Oerikonを合併)が合併した会社を吸収してABB Henschelとなります。さらに1996年にはABB HenschelとAEG Transportationが合併してADtranz(ABB Daimler Benz Transportation)となりますが、2001年にボンバルディアに買収されるという複雑な経緯をたどっています。とにかく、欧州の多くの車両がボンバルディア製ということになります。 最後のシーメンスは、1847年創業のドイツの有名な電気メーカーで国際的な企業統合に関わっていないのですが、今は電気に限らない総合メーカーとなっています。コンビーノCombinoという路面電車、ユーロスプリンターEuroSprinterという電気機関車、デシロDesiroというローカル用の電車やディーゼルカー、ICE、ドイツのマグレブであるトランラピートTranrapid、広島電鉄の5000系などを製造しています。
2-b 3社に共通した戦略と、3社に欠けている個別的戦略
標準化車両群というのは、車体の数を最小限にしておいてユーザーの使用条件に合わせ、装備を変えるだけの汎用設計をすることで相対的に車両コストを下げようとするものです。従って一見すると同じデザインでも、例えば急勾配の路線にはパワーが強い車両を投入とか、モジュール化することで多様化に対応しているわけです。 日本も含めた東アジアの新興国による低価格戦略には国際標準戦略で対抗しようとしています。現在は欧州がリードした時代の名残がありますので、世界の鉄道で標準と呼ばれるものはほとんど欧州起源です。欧州が決めた基準が世界標準になるのですね。 日立製の電車が比較的最近イギリスに入ったという情報をお聞き及びかと思います。昨年末から本格的な営業を始めましたが、本格的でない営業は半年ほど前からしていて、良い評判を受けてます。この車両がどうしてイギリスに入れたかといいますと、少し前は非常に円安ポンド高だったからです。今1ポンド140円くらいですが、一時は200円、250円でしたから、「日本は低価格で力をつけた」と言われても仕方なかったわけです。今の為替相場だと、もうイギリス輸出はできないと思います。ところが欧州側は、国際標準という規格で対抗しようとしたのです。日立はこれに合わせるのにたいへんな苦労をしました。 それから東アジアの諸国はもの凄く短い納期で完成させてしまいます。欧州で5年かかる、日本でも2年かかることが中国なら半年でできるというほどですから、日本の高品質、更には東アジア諸国に於ける短納期などについては今のところ有効な対策は持てていないようです。それから、いろんなメーカーを吸収して大きくなった会社群ですから、固有の特長を出すという明確なものはまだ無い様子です。むろん、いずれ出てくるとは思われます。
2-c スイスでは既に別の気運が…
2-d 日本の車両メーカーにも既に三大メーカーと同様な影響が…
3.日本の車両メーカーの今後3-a 総合化と国際分業が不可欠それでは、生き残るにはどうすればいいのでしょうか? まず、総合化は不可欠でしょう。買ってきた部品を組み立てるだけではダメです。国際分業も不可欠です。外国に日本より安くて良いものがあれば、それをどんどん採り入れる必要があるでしょう。総合化というのは単に集めるだけではなくて、どこから何を集めるかという総合的なプロデュース力が必要、ということです。それが、ユーザーごとに違う提案ができるレベルにならなければなりません。こう考えていくと、車体から電気部品から台車から全部ひっくるめて受注することが決して良いとは限りません。 しかし、国内のメーカー同士が統合したり海外のメーカーとの合流というのは、必ずしもメリットばかりではありません。すでにハコづくりという点では、韓国・中国に間違いなく負けてると思います。日本の車両の良さ、軽量であったり信頼性の高さというのがいつまで保てるか、保つにはどうしたらいいのか考えておかなければなりません。 市場規模が縮小しつつあるなかで、電気メーカーや駆動装置メーカーはすでにあやしくなってきています。「それを詳しく知ってる人は既に辞めていません」なんて平気で言うようになってるのです。例えば、今やどのメーカーも吊掛式の電車をつくることはできません。吊掛式といえばJRの貨物機関車くらいのもので、そんなものは北勢線には何の関係もないです。でも、ちょっと気の利いた町工場に頼んでみるとか、工夫すればできるのです。吊掛式というのは非常に単純なものですから、そういった場所でもつくれるんです。逆に、それができないと三岐鉄道のような場所に新しいクルマは送れないのです。 以上のように考えますと、日本の車両メーカーが生き残るには、当面の生き残り策として総合的な企画力が必要と思います。日立がイギリスで手がけたような、計画、納入、そして長年にわたる保守まで一貫したサービスをしていくのが一つの方法だと思います。こういうのは比較的簡単で、やる気になればできるわけです。
3-b 欧州のような巨大化は不必要
(2010/01/09 海外鉄道研究会総会にて、記録:重田)
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