20世紀初頭のイギリス鉄道絵本
海外鉄道研究会会長 小池 滋
The Railway Journeys of My Childhood, by Brigadier John Faviell.(Pan books,1983)
「絵本」といっても子供向きの本ではない。大人の鉄道ファンも充分楽しめて、1910年代頃までのイギリスの機関車や客車についての情報を知ることができる本である。しかも3分の1くらいが色つきの水彩画であるので、イギリスの鉄道車両の華やかな彩りを知る上でも興味深い。
著者のジョン・ファヴィエルは1898年の生まれで、この本が刊行された1983年にはまだ存命であったらしい。曾祖父、祖父とも鉄道建設技師だったというから、生まれた時から鉄道好きの血を受け継いでいたらしい。しかし、著者は鉄道屋にはならず陸軍士官学校に入学して、准将(大佐の上で少将の下)の位まで昇り、勲章を貰って、1950年には退役した。
本書に書かれているのは、著者の子供時代、1914年に始まる第1次世界大戦以前の鉄道風景である。従って、4大鉄道に統合される1923年以前の、各鉄道の車両の特色がはっきり描き分けられていて有益である。例えば、リヴァプール・ストリート(ロンドン)駅から出発するグレイト・イースタン鉄道の蒸気機関車は青色に、セント・パンクラス(ロンドン)駅から出発するミドランド鉄道の蒸気機関車は赤色に塗られていたことがわかる。他の鉄道の車両についても、色の特徴を教えられる。
また、いまでは黒白の写真でしか見ることのできない客車内の風景も興味深い。走行中の列車の郵便車が、地上の柱に吊されている郵袋を収納したり、逆に郵袋を地上に放り出すための装置の説明もある。
地方の小支線行きの1両の客車を、走行中に切り離して、それに分岐駅から機関車を連結して走らせるという、軽業的入れ替え作業についての絵入りの説明もある。英語では、'Slip carriage'と呼び、分岐駅で停車しないで分割をやれば時間の節約になるという、実に合理的だが荒っぽいやり方である。日本でこれをやったら鉄道ファンは大喜びだろうが、一般のお客からはブーイングが出るだろう(もっとも、わたしが話をした当日、出席をしておられた西尾源太郎氏から、戦前の新京阪電鉄では、天神橋筋6丁目発の電車列車が、桂駅を通過中に、京都四条方面行きと嵐山方面行きの切り離しを行っていたことがある、ということを教えていただいた)。
こうした知識を知る上で大いに役に立つ本であるが、同時に、絵そのものを鑑賞しても大いに楽しめる本である。イギリスのかつての美しい田園風景や、当時の人々の服装(乗客と従業員の両方)を眺めていれば、鉄道ファン以外の人でも興味をそそられるであろう。
この本2部をわたしから研究会事務局に寄贈してあるので、機会があったら直接現物を手に取ってご覧下さい。
(2003/01/26 海外鉄道研究会総会にて)
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